「お母さん、アルツハイマー型認知症ですね」
地元の総合病院の診察室、まだ少し蛍光灯がチカチカしていた午後のことを、私はよく覚えています。母は隣で「あらそう」と笑っていました。深刻さが伝わっていない、そのことが余計に怖くて、私は手元のメモ帳を強く握っていました。
帰り道、車のハンドルを握りながら頭をよぎったのは、実家のことでした。父はすでに10年前に他界していて、実家は母の単独名義。預金口座も、母のもの。
「もし母が判断できなくなったら、実家はどうなる?」
「銀行のお金は引き出せるのか?」
正直に言うと、その夜は眠れませんでした。
この記事は、あの日から動いた半年間で「やってよかったこと」「もっと早くやればよかったこと」を、同じ立場の方に向けて書きます。
この記事でわかること
- 認知症と診断された直後にやるべき優先順位
- 不動産と預金が「凍結」されるとは具体的にどういうことか
- 家族信託を選んだ理由と、間に合うかどうかの分岐点
- 兄弟・親族との話し合いで失敗したこと
- 認知症の親本人とどう向き合ったか
診断直後の数日、頭が真っ白だった
診断を受けた最初の1週間、私は何も手につきませんでした。
インターネットで「認知症 実家 どうする」と何度も検索しては、出てくる広告だらけのページに辟易して、また閉じる。そんな繰り返し。
落ち着いてから、最初にやったことは「今、母にできることリスト」を作ることでした。
- 母名義の銀行口座一覧を確認
- 実家の登記簿謄本を法務局で取る
- 加入している保険を整理
- 母のかかりつけ医に診断書を依頼
ここで一つ、後悔していることがあります。
もっと早く、母に話を聞いておけばよかったということです。
診断時点で、母は日常会話はできましたが、込み入った金融の話になると考えがまとまらなくなっていました。あと半年早く動いていれば、母自身が選べたことが、いくつもあったと思います。
「不動産が凍結される」という言葉の現実
司法書士さんに最初に相談したとき、こう言われました。
「お母様の判断能力が完全に失われると、ご自宅は事実上、誰も売却できなくなります」
これが「不動産の凍結」と呼ばれるものです。
法律上、不動産を売るには所有者本人の意思確認が必要です。認知症が進んで意思確認ができなくなると、子であっても勝手には売れない。
預金も同じでした。銀行に「母が認知症」と伝えた瞬間、口座は事実上ロックされます。生活費の引き出しすら、家族では難しくなる。
このとき選択肢として説明されたのは、ざっくり3つでした。
- 成年後見制度(家庭裁判所の手続きが必要、本人の財産処分に大きな制限あり)
- 家族信託(本人の判断能力が残っているうちに契約、柔軟に運用可能)
- 何もしない(資産が凍結されるリスクをそのまま受け入れる)
成年後見は「本人を守る」ための制度なので、実家を売って施設費用に充てる、といった柔軟な判断はしづらい。家族信託なら、母の希望を反映しながら、子が管理できる。
ただし、家族信託には大前提があります。契約時点で本人に判断能力が残っていること。
私は、急がなければいけないと感じました。
家族信託を選んだ理由
司法書士さんと何度か打ち合わせて、最終的に家族信託を選びました。決め手は3つ。
- 母の「最後まで自分の家で過ごしたい」という希望を活かしたかった
- 将来、施設入所の費用が必要になったとき、実家を売って充てられる選択肢を残したかった
- 兄と私の間で、金銭管理の透明性を担保したかった
特に3つ目は重要でした。
兄弟仲は悪くないつもりでしたが、お金が絡む話は別だと聞いていました。信託契約書という形で、誰が何をどう管理するかを文書化しておけば、後々の揉め事を予防できる。
費用は、設計と契約書作成、登記費用まで含めて60万円ほどかかりました。決して安くはありません。でも、後見制度を使った場合の月額報酬(2〜5万円)が10年続く可能性を考えると、長期的にはペイすると判断しました。
兄との話し合いで失敗したこと
正直に書きます。
兄に最初に電話したとき、私はいきなり「家族信託にしよう」と切り出してしまいました。
兄は驚いて、しばらく黙ったあと「お前、勝手に決めるな」と言いました。
そのとおりでした。
兄からすれば、母の認知症の状況も、私が何を調べてきたかも、何も知らないところに「結論」だけ飛んできたわけです。怒るのは当たり前です。
そこから、兄と私で何度かやり取りして、改めてゼロから整理し直しました。
- 母の現状(医師の診断、生活状況)
- 実家と預金の状況
- 何もしないと起こりうること
- 選択肢の比較表
紙にまとめて、兄に渡しました。
1週間後、兄から「これなら家族信託がいいと思う」と返事がきました。
兄弟との話し合いは、結論を持っていくのではなく、情報を持っていくのが正解でした。
母本人とどう向き合ったか
これが、一番つらかった部分です。
母は、自分が認知症であることを、診断後しばらく受け入れていませんでした。「私は大丈夫よ」と何度も言いました。
そんな母に、「実家を信託に入れる」「お金の管理を私たちに任せて」と切り出すのは、容易ではありませんでした。
私が選んだのは、母の機嫌のいい朝に、ゆっくり話すことでした。
「お母さん、もしもの話だけど、もし将来お母さんが施設に入ることになったら、この家のことを誰がやるの?」
母は少し考えて、「あんたたちに任せるしかないわよね」と言いました。
そこから少しずつ、信託の話に持っていきました。
「お母さんの家を、お母さんの希望のとおりに使えるように、紙に書いておこうと思うんだけど」
「ふーん、なら、お父さんと住んだ家だから、できるだけ長く残してね」
母の言葉は、信託契約書の「信託の目的」欄に、ほぼそのまま書きました。
半年経って、今思うこと
家族信託の契約を結んでから、半年が経ちました。
母は今も実家で、ヘルパーさんの助けを借りながら暮らしています。判断能力は少しずつ落ちていますが、家族信託の契約は契約時点で有効なので、これからも生きます。
振り返って、やってよかったと思うことを3つ。
- 診断直後の1ヶ月で動いたこと(判断能力が残っているうちに契約できた)
- 兄と早めに情報共有したこと(意思決定の責任を一人で抱え込まずに済んだ)
- 司法書士という第三者を入れたこと(感情論にならず、制度の話として進められた)
逆に、もっと早くやっておけばよかったのは、母が元気なうちの「もしも」の会話です。
診断が出てから話すより、健康なうちに「もし認知症になったらどうしたい?」を聞いておけば、本人の意思をもっと反映できました。
これを読んでいる方の親御さんが、まだお元気なら、今のうちにそういう会話をしてみてください。
診断が出てしまった後でも、間に合うことはあります。動き始めるのに「遅すぎる」と思った瞬間が、たいてい一番早いタイミングです。
まとめ
母の認知症診断から、家族信託の契約まで動いた経験で学んだこと。
- 認知症と診断されても、本人に判断能力が残っていれば、できることはある
- 不動産の凍結・預金の凍結は、想像以上に厳しい制約として現実化する
- 家族信託は判断能力があるうちにしか契約できないので、診断後は時間との勝負
- 兄弟への共有は「結論」ではなく「情報」を持っていく
- 本人との会話は、機嫌のいい時間に、本人の言葉を引き出すように
専門家を入れる費用は決して安くないですが、後から発生するトラブル予防の保険料だと考えれば、十分に意味のある投資でした。
同じ場面に立ち会っている方の、何かのヒントになれば幸いです。
家族信託の相談は、地域の司法書士会や、家族信託専門の事務所で無料相談を実施していることが多いです。まずは一度、話を聞きに行ってみてください。動き出すと、頭の中の不安は少しずつほどけていきます。
