母が亡くなって、四十九日が過ぎたあの週末のことです。
実家の玄関を開けた瞬間、母の匂いがしました。
化粧水と、台所の油と、洗濯洗剤の混ざった、母の家の匂いです。
本人はもういないのに、家だけが、母が生きていた頃のままそこにあって、私は玄関で泣きました。
その日、私は遺品整理のために実家に来ていました。
事前に「とにかく仕分ける、感情に巻き込まれない」と決めていたつもりでした。
でも、母の引き出しから出てきた、結婚式の写真アルバムを開いた瞬間、手が止まりました。
私は1日中、その写真を見ていました。
何も整理は進みませんでした。
でも、それでよかった、と今は思っています。
この記事は、親の遺品整理という、誰もがいつかぶつかる「終わらない作業」について、心構えだけを書きます。手順論ではありません。
業者選びでも、費用相場でもなく、「あなたの心が壊れないように」という話です。
この記事でわかること
- 遺品整理を急いではいけない理由
- 「捨てる」が一番つらいときの対処法
- 形見分けで起きやすい兄弟トラブルの予防
- 思い出の品を残しすぎないための、自分なりの基準
- 数年経って振り返って、後悔していること
急がなくていい、というのが最初の結論
遺品整理を急かす声は、いろんなところから来ます。
- 不動産屋さんから「早く売却したいなら片付けないと内見できない」
- 親戚から「四十九日には形見分けを済ませるものだ」
- 自分自身から「いつまでも放置してると気持ちが切り替えられない」
でも、よく聞いてください。
親が亡くなった直後は、判断能力が一時的に落ちるそうです。
グリーフ(悲嘆)による認知機能の低下は、医学的にも知られています。
私は、母が亡くなって2週間後に、母の着物を「全部処分しよう」と決めかけました。
理由は「もう着る人がいないから」。
たまたま、姉が止めてくれました。「あんた、ちょっと待って。3ヶ月経ってから決めなさい」と。
3ヶ月後、私は母の振袖を1着、自分の家に持ち帰りました。
母が成人式に着た、桜の柄の振袖。私の娘が成人するとき、これを着せたいと思ったからです。
判断は、慌てて下さなくていいんです。
家賃が発生しないなら、半年でも1年でも、寝かせていい。
「捨てる」が罪悪感とセットになる理由
遺品整理の最大のハードルは、「捨てる」という行為への罪悪感です。
私が一番つらかったのは、母の手紙を捨てるかどうか、でした。
母は、私が結婚で家を出てから、毎月のように手紙をくれていました。
内容は他愛のないこと。庭の花が咲いた、近所の猫が来た、テレビで見た料理を作った。
ダンボール3箱分、ありました。
全部取っておくのは、現実的に難しい。
でも、捨てると思った瞬間、手が震えました。
このとき、私が自分にかけた言葉は「ものを捨てることと、思い出を捨てることは違う」でした。
手紙の現物がなくても、母が私を思って手紙を書いていたという事実は消えない。
そう自分に言い聞かせて、最後の1年分だけ手元に残して、あとはお焚き上げに出しました。
お焚き上げは、お寺や神社で行われる、思い入れのある品を供養しながら処分する儀式です。
私が住んでいる地域では、年に2回、地域のお寺がお焚き上げを受け付けていました。
ゴミ袋に入れて出すよりも、心が軽くなる方法です。
罪悪感とセットの「捨てる」を、儀式に変換する。
これは、遺品整理を進めるための、私にとっての一つの工夫でした。
残すか迷ったら、写真に撮るという中間案
すべてを残せないけれど、捨てるのもつらい。
そんなときに使った中間案が、写真に撮って残すという方法でした。
母の食器棚には、和食器がたくさんありました。
全部を持ち帰る家のスペースはない。でも、料理上手だった母が使っていた器を、何も残さず処分するのは抵抗がありました。
私がやったのは、お気に入りの器を5つだけ選んで持ち帰り、残りは1つずつ写真を撮ってから処分するという方法でした。
写真は、後で見返すと、それだけで母の食卓の風景が蘇ります。
同じやり方を、こんな品にも使いました。
- 母の趣味だった編み物作品(完成品は写真、未完成品は処分)
- 父が使っていた工具(写真と、いくつか実用品は引き取り)
- 家族で使っていた家具(写真のみ、現物は処分)
- 子供の頃の自分の作品(写真のみ、現物は処分)
写真にすると、物理的なスペースに縛られず、思い出を残せます。
クラウドにアップしておけば、災害でも消えません。
形見分けで兄弟が揉める理由と、私が気をつけたこと
遺品整理で、もう一つ厄介なのが、兄弟間の形見分けです。
これは、お金の相続より、揉めやすいと司法書士さんに聞きました。
理由は、形見の価値が「金銭」では測れないからです。
高価な指輪より、母が日常使いしていたエプロンの方が、子供にとっては価値がある、ということが起こります。
私の家は、兄と私の二人兄弟。
事前に決めたルールは3つだけでした。
- 金銭価値のあるもの(宝石、ブランド品、骨董)は、リストにして二人で見て、欲しい方が言う。両方欲しければ買い取り査定で金額化して半分こ。
- 写真・手紙・日記は、全部スキャンしてクラウド共有。現物はじゃんけんで一旦持つ方を決める。
- その他の日用品は、相手の希望を優先する。譲り合った結果残ったものは、二人で順番に「これ欲しい」と1個ずつ選んでいく。
特に2番のスキャンは、後でとてもよかったです。
兄が「あの母の手帳、もう一回見たいんだけど」と言ったとき、クラウドからすぐ送れました。
現物は1人しか持てないけれど、データは何人でも共有できます。
残しすぎると、自分が苦しくなる
3ヶ月寝かせてから判断する、写真に撮ってから捨てる、これらは「急いで捨てて後悔しない」ための工夫です。
ただ、逆の罠もあります。
何でも残すと、今度は自分の家が物に圧迫されること。
母の遺品整理で、私は最初、ダンボール30箱分の品を自宅に持ち帰りました。
半年後、開封されていない箱が20箱ありました。
1年後、その20箱を見るたびに、母を思い出して胸が重くなりました。
「全部捨てられない」という感情と、「全部抱え込むと自分が壊れる」という感情の間で、私は揺れました。
そこで自分に課したルールが、これです。
- 持ち帰った品は1年以内に一度開封する
- 開封しても触る気にならなかった品は、もう一度考える
- 「母のものだから」という理由だけで、自分の生活を圧迫する品は持たない
母が生きていたとき、母の家には母のスペースがありました。
今、私の家にあるのは、私のスペースです。母を懐かしむ品は、私の生活を侵食しない範囲で残す。
これが、1年半かけて辿り着いた私の基準でした。
数年経って、後悔していること
母が亡くなってから3年が経ちました。
正直に書くと、後悔は今もあります。
一番悔やんでいるのは、母の声を録音しておかなかったことです。
母とは、亡くなる1ヶ月前まで電話で話していました。
スマホには通話履歴は残っていますが、声は残っていません。
母の声が、もう思い出せない時があります。
頭の中で再生しようとしても、輪郭がぼやけている。
あの時、なんでもない会話を一つでも録音しておけばよかった。
もう一つの後悔は、もっと写真を撮っておけばよかったことです。
母の手の写真、料理を作っている後ろ姿、テレビを見ながら笑っている顔。
形見の品より、そういう「日常の母」の方が、今になって欲しくなります。
この記事を読んでくださっている方の親御さんが、まだご存命なら、一つだけお願いがあります。
特別な日でなくていいので、声と、後ろ姿と、笑顔を、スマホで残しておいてください。
形見の品は後から整理できますが、生きている姿は、その瞬間しか撮れません。
まとめ
親の死後の遺品整理について、私が学んだこと。
- 急がない(判断能力が落ちている可能性がある、3ヶ月寝かせる)
- 捨てるが罪悪感とセットなら、お焚き上げという儀式に変換する
- 残すか迷ったら、写真に撮ってから判断する
- 形見分けは事前にルールを決める(金銭価値・データ・日用品で分けて)
- 残しすぎても自分が苦しくなる、自分の生活を侵食しない範囲で
- 親が元気なうちに、声と日常を残しておく
遺品整理は、物の片付けではなく、心の整理です。
進まなくていい日があっていいし、泣きながら作業してもいい。誰にも急かされない権利が、あなたにはあります。
どうしても自分で進められないときは、遺品整理の専門業者に頼むのも選択肢です。
立ち会いだけで進めてくれる業者もあるので、「全部任せる」のが嫌な方も、自分のペースで関われます。
費用感や業者の選び方は、別の記事で詳しく扱っていますので、必要なときに読んでください。
何より、亡くなった親御さんは、あなたが苦しむことを望んでいないはずです。
あなたが、あなたのペースで、あなたの心を守りながら進めるのが、結局は親孝行だと、私は思っています。
